少しの成長でも喜ぶことができたら、発達障害の育児も楽しむことができる。

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健常・発達障害に関わらず得意不得意は誰にでもあります。苦手の部分は一朝一夕でどうにかなるものではありません。でも、注意して見ていると苦手の中にも、改善の芽を見つけることもできると思います。

苦手・得意の傾向はある日突然変わるものではない

息子の場合、顕著に苦手なことは、発達性強調運動障害による、「手先の不器用さ」と「運動の苦手さ」です。
目の機能にも関係していますが、球技運動なども苦手としています。

特に中学校に入ってからは、技術家庭科や手際よく行うべき理科の実験など、手先の器用さを求められる場合、とことんダメダメな状態のようです^^;;;
家でお料理の手伝いなどをやらせてみても、まだまだ指先の使い方が上手ではなく、かなりの練習が必要だな〜ということはよくわかります。



全体的に、気づいたら少しずつ進歩して成長していた

とはいえ、ずーーっとできない状態でゼロの状態のまま、ということもないんですよね。
例えば協調運動の代表ともいえる縄跳び、小学校でみんなと同じように前跳びができるようになったのは、小学校3年生くらいの時でしたが、その頃には絶対できないだろうと思っていた二重跳びも、高学年になったら何回も跳べるようになっていました。

なので、苦手な分野だからといって、そこでずっと成長がストップしているわけではなくて、苦手だけど苦手なりに成長・発達しているんですよね。
ずっとできない状態、というわけではないのです。

ただ、もちろん「できる」状態にするためには、細かく丁寧に手法を教えてあげたり、身体の発達からくる複合的な要素から「できる」状態になったりなど、様々な道筋があると思います。
とはいえひとつだけ言えるのは「放置」しててもできるようにはならない、ということです。

「覚える」ことをサポートすることの大切さ。

例えば、ベルトの使い方やリボン結び。これらも苦手の最たるものでしたが、今ではできるようになっています。
これらも、手法を丁寧に教えたからこそできるようになったのであって、「自然に」気がついたらできていた、というものではないです。

ひとつひとつを丁寧に、手法をスモールステップで教えてあげること。
今課題になっている料理や裁縫なんかも、そのステップで教えていってあげたら、キチンとできるようになると思います。

勝手に覚えてくれないし、勝手に成長してくれるわけでもないから、親としては本当に手間のかかる子育てだなあと思います。
でも、少しの成長にも気づける、というメリットもあると思うのです。
健常の子供達とは比べずに、前よりどれだけできるようになったかな?という視点で常に考えるようにしていると、子供の成長に細かく気づけるというのは、喜ばしいことでもあるのかな?と最近は思えるようになってきました。

たとえば、勉強中に間違いをしてしまっても最近は癇癪をおこさなくなりました。
中学に入りたての頃は、少しの間違いも許せなかったらしく、勉強が中断することばかり。これでは今後の定期試験勉強はどうなるのか?お先真っ暗だ〜みたいに思えたものです^^;;

また、成績自体が中学校に入ってから良くなったこと。
小学校の校区よりもレベルが高いと言われているにも関わらず、成績表の内容はぐぐっと良くなっていました。
正当に評価されている、という点もあるのでしょうが、息子の頑張りの結果だと思います。

それから、時々は自分のわがままに気づけて、直すように気をつけるようになれたこと。まだまだうっかりワガママを出してしまうことがあるけれど、次第に少しずつ修正しようという気持ちが見てとれるようになってきています。
もちろん、私の方からも方向修正の声かけはしているのですが^^;;
こういう時、比較的素直に聞いてくれる子供でよかったなと思います。

発達障害の子は手間がかかるし、大変な子育てだと思います。
だからこそ、ちょっとしたことでも喜ぶ視点を持ち続けていたいな、と思います^^

いつ手に取っても、子どもへの優しい気持ち・視点を思い出させてくれる大切な本です。特に発達障害に言及したこの「続・子どもへのまなざし」は何度読んでも新しい発見がその都度あります。

お読みいただきありがとうございます。
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